教育問題
先日、NHKの教育問題の専門家が、「ゆとり教育」の総括に関する解説や議論があった。
問題は、平均的な学力の高低差に終始した意味の無い時間であった。
専門家という人たちの意見はどうもおかしい、私は、教育は2つの側面で、独立の取り組みが必要と思う。ひとつは、どちらかといえば勉強が好きかそんなにいやではない子供。もうひとつは、勉強が苦痛で勉強なんてどうでもいいと思っている子供。
ゆとり教育は、前者には力を伸ばすのに効果的だが、後者にはさらなる学力低下をもたらす。つまり格差を生み出した。
前者は、放っておけば、自分でもと足りなさを感じて自主的に勉強するはずだ。問題は、後者で、彼らには、いやでも何でも徹底的に基礎を詰め込んでいくべきである。
これができないのは、教育を考えている人たちは、すべてもともと子供のとき前者の人たちだから、前者のことしか考えていないのではないかと思うのです。後者の人の出身の人は、いないのでしょうね。
でも実は、どういう日本にしたいのか、そのためにどういう教育をすべきなのかの目標が示せないことが根本的な問題ですよね。今日の発展を支えたのは、国がアメリカの工業化を目指し、庶民は鉄腕アトムのような機械にあこがれた教育に目標があったからだと思ったりする。